平安時代の人々は、お香をそれぞれ自分好みの香りに調合し楽しんでいました。しかしそこには、単に香りを楽しむだけでなく「勝負」の要素もあったことはご存じでしょうか。
『源氏物語』を読み進めると、平安時代の貴族はさまざまな事柄で競い合うことを遊びとして楽しんでいることが分かります。このように、対決して楽しむ遊戯を総称して「物合わせ(ものあわせ)」と呼びます。
物合わせは、参加者を左右に分けてテーマに合わせた物品を持ち寄り、中立な審判を立ててどちらのチームが優位なのか勝敗をつけるというものでした。例えば、宮中での行事のワンシーンや美しい平安の景色の絵を描き合う「絵合わせ」や、特定のお題に対して歌人が詠んだ歌を比べる「歌合わせ」などがありました。
さまざまな分野での物合わせがある中に、もちろん、自らが作ったお香の出来を競い合う「薫物(たきもの)合わせ」もありました。薫物合わせは、色々な原材料をどのように配合することでどれだけ素晴らしい香りを作り出せるかを競い合うものです。
その様子は、源氏物語の第三十二帖「梅枝」に記されています。明石姫君の婚前儀式に合わせ、姫君の父である光源氏が女性たちにお香をそれぞれ作ってくるように命じ、お堂に寄せ集めその香りを比較しようというものでした。物語では、どの香りも大変立派で優劣がつけ難いという結果に終わりますが、現実で頻繁に行われた薫物合わせでは、しっかりと勝敗をつけて楽しまれていました。
薫物合わせの審判は、薫き初めの香りだけでなく中間の香りの「すがり」や薫き終わりの香りの「火末」まで鑑賞し、さらには一度薫き終わったお香を繰り返し薫いても香りの質が落ちずに何回楽しめるのかという「返し」も判定したと言われています。
また薫物合わせにおいては、「銘香」というお香につけられた名前の秀逸さや、香りに添えられた和歌の良し悪しも合わせて評価されました。お香の香りそのものだけでなく、それを引き立てる文学的な要素も併せて総合的に評価をされて競い合ったのです。
自分好みの香りを作ることを目的として始まったお香作りですが、お香作りの習慣や技術が広まると、やがてその腕を競い合う勝負としても楽しまれるようになったのでした。
現代でも、お茶の席で薫物合わせが行われることがあります。平安時代の貴族と同じ遊戯を楽しむことを通じて優雅な時間を過ごしたいですね。